冷たい唇が一瞬触れて、すぐに離れていくのを他人事のように見ていた。
瞬きをするのも、息をするのも忘れるくらい、内心では驚いていたのにどうやらそれは上手く表情に表れてくれなかったらしい。
かといって、こんなときに何と言ったらいいのかも分からなかったのでとりあえず黙っている。
どういう反応をするのが正しいのか考えあぐね、とりあえず彼の反応を待ってみるのだが、自分よりも随分と高い位置にある顔は逆光のせいか、距離が近いせいか表情を読み取れない。
他に例えるものをよく知らないから正しくはないかもしれないが、バニラのように甘い芳香が鼻腔に残って味が残るわけでもないのに舌でそれを確かめたくなる。
特に甘いものが好きなわけでもないのに、今無性にそれを欲しいと思う。

「おたく、さぁ。もうちょっと反応無いわけ?」

呆れたような、あるいは残念がっているような声音でアルヴィンが言う。
お気に入りのスカーフを手で弄ぶ手が妙にせわしない。

「もっとこう、怒るとか、殴るとか、そういうの」

「して欲しいの?そういう反応」

何に焦れているのか、落ち着きの無いアルヴィンは珍しい。
いつもはもっと上手く隠したり誤魔化したりするのに。
即座に切り返した僕の言葉は、より一層アルヴィンを戸惑わせたようだ。
自分からけしかけておいて、だんまりだなんて本当に、珍しい。
その、珍しいのが何だか僕を無性に楽しくさせたので、もう少し反応を見てみたいとすら思う。
何か言いた気に口を開いて、けれど結局何も言うことができないアルヴィンは、図体ばかり大きな癖にまるで子供のようだった。
悪戯に失敗して、途方にくれている、子供のようだった。

「別に怒らないし、殴らないよ」

まったく力の入っていないアルヴィンの手を握って、自分の手と重ね合わせた。
本当は、本当に僕だってびっくりしたけど、それ以上にアルヴィンが驚いていたから、僕はすっかりそれを表に出すタイミングを失ってしまっていた。
アルヴィンの望む反応ができていたら、きっとまた違っていたんだろうけど。

「けど、お返しはする」

自分よりもずっと大きな手をとって、そっと唇を寄せた。
触れるだけではなく、意図して軽く歯を立てたのはせめてもの意趣返しだ。
だって、同じようにしたくても屈んでくれなきゃ、僕じゃとどかないからね。

下から見上げたアルヴィンの顔は、滑稽なくらい驚きの表情で固まっていて、一瞬遅れてから耳まで真っ赤に紅潮していた。
きっと、こういう反応を期待してたんだろうなぁ。
そんなことをしみじみと思ってから、僕は手を離した。

嘘も隠し事もへたくそになってしまったアルヴィンに、一体何が残るだろう。
何も残らないのはかわいそうだから、せめて僕くらいは残っていてあげようかな、

なんて思っていたら、上からキスが降ってきて抱きすくめられるものだから、僕はまた息を忘れそうになった。
一瞬よりもずっとずっと長い。
誘われるように目を閉じて、僕はシュークリームが食べたいなぁ、なんて的外れなことを、思っていた。



バニラ