子供な大人
| 「ジュードってホント男の子みたいだな」 湯気の立つ温かな皿を受け取りながら呟いた一言は、ことの他大きく響いて一同の手を止めた。 ただ一人、空腹のあまり気絶しかけていたミラだけが夕食のシチューを前にして他の情報をシャットアウトしているようだった。 机の上に山と詰まれた食材を次から次へと平らげていく、その音だけが不自然に耳に入ってくる。 その間、手の止まった一同の視線はジュードへと移る。 特に、アルヴィンの不躾な視線が上から下へ。 下からまた上へと上がり、ある一点で停止する。 品定めをするようにまじまじと直視されて、ジュードは思わず腰を引いた。 穴でも開くんじゃないかというくらい熱烈な視線は15歳の少女のささやかな二つの膨らみへと注がれ、それを周囲も正しく認知していた。 ただ、あまりにも堂々と失礼な発言と行動を突発的にするものだから、情報が脳に行き渡るまでの数秒間動きが停止する。 停止、の後はさすがの俊敏さだった。 バックステップしながら空になったお盆を胸に抱き、アルヴィンから逃げるように背を向けたジュードはいつのまにか机の下で縮こまっている。 「こらー、アルヴィン!セクハラだゾー!!」 ぎゃんぎゃんとわめくティポの声にかぶせるように、レイアとエリーゼが続ける。 「今どこ見て言ったのかなー、アルヴィン君は」 普段通り跳ねる分けでも、元気がなく落ち込むでもなく、何かを堪えるように震えるレイアの声はそうそう聞けるものではない。 その堪えているものが今にもあふれ出しそうになっているのは、なにもレイアだけではない。 舌ったらずな罵声が愛らしい表情にひどく不似合いだ。 「最低、です」 剣のような、鋭い言葉が突き刺さっても当のアルヴィンは悪びれた様子もない。 「どこって…全体的に。別にそんなイヤラシイ目で見てるつもりないぞ、俺は」 背を向けてふるりと体を揺らしたジュードに、アルヴィンは気づかない。 空のカップを傾けながらその様子を見ていたローエンが苦笑する。 「一人称が"僕"だし、常に露出ゼロのパンツルックだし、髪もその長さだろ。まぁ何より年の割に成長不良っつーか…」 意味ありげに言葉を濁したところで、向かいの席に座っていたレイアの足がアルヴィンのそれを踏みつける。 「っでぇ!!!何すんだよレイア!」 痛みに対する反射で逃げようとした足がテーブルにぶつかり、上に載った食器が大きな音を立てた。 「何すんだよじゃありません!!!アルヴィン君、多感な年頃の女の子に対して何てこと言うの!!最低っていうか、もうクズよ、屑!男の中の屑代表!!」 同じように多感なお年頃であるレイアが、声を荒げてバンバンと机を叩いては語気を荒くしてアルヴィンを罵った。 そのたびに食器がカチャカチャと音を立て、わずかにテーブルから浮く。 女子特有の共感思考というのは、得てして男には理解しがたいものである。 「ごみくず…」 年下の、年端もいかない少女にここまで言われる20代男性がどれほどこの世界にいるだろうか。 いや、アルヴィンを除いているはずもない。 世界どころか、今この場にアルヴィンの味方は皆無である。 レイア・エリーゼ・ティポは完全にお冠であるし、ローエンはテーブルの下に隠れてしまったジュードをあやしている。 はて、残る一人は…とアルヴィンが視線をやれば、ミラがいつの間にか食事を終えてスプーン片手にこちらを注視していた。 「ごみがどうかしたのか?」 ミラが首を傾げ、豪奢な金髪がふわりと揺れた。 口の周りにパンくずがついていても尚、余りある美貌の精霊は周囲の様子にたった今気づいたとばかりに問いかける。 「アルヴィン君が塵屑っていう話!」 「…です」 端を折った返答に、ミラはまたも首をかしげた。 「そうなのか、アルヴィン?」 「いや、違うって。そういう話じゃないから!」 「まぁ、大体合ってますけどね」 「げ、こらジジィてめぇ……」 今まで傍観を決め込んでいたローエンがぼそり、と小さく零したのを耳ざとく聞きつけ、ミラにとっては益々訳がわからない。 「人間の間には言葉なしでも物事を伝えられる術があるのかもしれないが、私にはいまいち分かりづらいのでもう少し分かりやすく言ってもらえないだろうか?」 一々懇切丁寧に説明するような話でもなかったが、これ以上追い込まれて周りすべてが敵になるのはあまり好ましくない。 せめてミラだけでも取り込もうと、アルヴィンはすばやくミラの後ろに回りこんで戦闘後の掛け合いのように肩を抱く。 「いやなぁ、ジュードちゃんが男の子みたいだねーって話をしてただけ!それだけなのにこの言われ様って酷くね?」 「ジュードが……男の子みたい、という話…?」 散々騒がしくしていたというのに、本当に何の話も聞こえていなかったらしい。 租借するように言葉を繰り返すと、テーブルの下のジュードの肩が跳ねた。 ジュードが俯いていた顔を上げて、そろり、と目線を彷徨わせるとしっかりミラと視線が絡む。 何故テーブルの下に隠れているのかとか、瞳を濡らす涙の原因を聞くよりも先に、手が伸びた。 人間の男の形をとった、美しい精霊の主は指の先までも完璧な作りをしている。 眩しい太陽の光のようで、ジュードは反射的に目を閉じた。 「なんだ、アルヴィンは意外と目が悪いのだな。銃を使うのには致命的だろう」 温かな手が幾度も頭を撫ぜてくる。 心地良いその感覚にジュードがゆっくり目を開くと、近距離にミラの笑顔があった。 「料理洗濯掃除繕い物、何でもできて世話焼き上手。野に咲く花のように愛らしいのに"男の子みたい"なんて形容はジュードには似合わないよ」 石榴色の瞳が優しい色を乗せて、まっすぐにジュードを見た。 文字通り人間離れした、絶世の美貌がただ一人のためだけに笑顔を向けられている。 それを意識したとたん、ジュードの頬が林檎色に染まった。 目に見えて熱を宿すジュードの頬を、ミラの手が優しく撫ぜる。 「……へ、ぁ、ミ、ミラ…?」 「あぁ、でもきっと、男の子だったとしてもジュードは愛らしいと思うぞ」 「ぇと、あの……あ、ありがと、ぅ……」 嘘や世辞などでは決してない、華美に飾ることのない褒め言葉は素直にジュードの心に届いた。 自分のことに限っては謙虚を通り越していっそ卑屈といっていいくらいの彼女である、まっすぐすぎる賛辞に慣れずしどろもどろになる姿もミラにとっては好ましく見えた。 もとより精霊の主であるマクスウェルは、"美しさ"というものの基準が人間とは違うのかもしれない。 野に咲く小さな花も、手を掛けられて育てられた大輪の花も、ミラにとっては優劣をつけることができない尊いものだ。 羞恥のあまりさらに身を縮こませるジュードを、ミラは飽きもせずに撫で続けた。 「恥じることなどなにもない、ジュード。君は十分魅力的な女性だよ」 歯の浮くようなセリフも、ミラが言うと妙に様になる。 絵本の中の王子様がそのまま抜け出してきたら、きっとこんな風だろう。 ぽかん、と口を開けて停止した置いてけぼりの仲間たちは言葉にせずとも同じ思いだった。 「特に、ジュードの料理は最高だな。叶うことなら一生ジュードの料理を食べて暮らしたいくらいだよ」 ミラ、それって私たちの言葉だとプロポーズって言うんですよ。 この場の空気が許したなら、エリーゼはのほほんとそんな知識をミラに教えただろう。 幼い少女でも知っている、古めかしい愛の告白。 さらり、と流れるように出た言葉はほんの数秒時間を止めた。 アワーグラスでもつかったのかと疑うくらい、ミラ以外の時間が止まったように感じたのだ。 けれど戻るのもすぐで、その言葉を深くかみ締めればかみ締めるほど、ジュードの目が赤く潤む。 「なっ…!?ぁ、ぅ……あ、ぼ、僕…、シチューのお代わり、とってくるから」 がたん、と大きな音を立てて立ち上がるや否や、ミラの席にある空の皿をひったくってジュードが厨房へ消えていく。 「すまないな、よろしく頼むよ」 あっという間にドアの向こうに消えていったジュードに手を振って、ミラは相変わらず笑顔を絶やさない。 その笑顔のまま彼が呟いた言葉は、沈黙とともに取り残された部屋には存外大きく響いた。 「……本当に、アルヴィンは見る目がないな」 思わせぶりに釣り上がった口角を確認できたのは、すぐ近くにいたアルヴィンだけだろう。 背筋を駆け上がる冷たいものが何なのか、それに気づかないほど鈍感ではない。 それでもミラは、笑っている。 アルヴィンは、そんなミラに何もいえないままジュードの消えていった扉の向こうを見つめることしかできなかった。 知らないフリをしていられるのはいつまでだろう。 わざと茶化して、蓋をしてしまった感情に名前が与えられるのはいつになるだろう。 ともすれば、永遠に来ないかもしれない、それに。 きっかけを与えたのは、誰なのか。 本当は、分かっていた。 分かって、いた。 |