微熱に良く効く薬








「アルヴィン、もしかして具合悪い?」

メンバー揃っての夕食時、姦しいお喋りの合間を縫ってすぐ隣から放たれた言葉に思わずスプーンを取り落とした。
まったく持って意識の外だったために、とっさにそれをつかむことができなかった。
食器同士が擦れる音は甲高く、ナイフのように空気を裂く。
5対の目が一斉に此方を向いて、思わず身を縮こませるが当然逃げ場は無い。

「…何だよ急に」

「だって、全然食べてないし…ぼーっとしてるし」

アルヴィンの前に置かれている、ほかほかと湯気を立てるマーボーカレーはほとんど手がつけられていない。
カレーとマーボー豆腐の二種類のスパイスが鼻腔をくすぐる。

「体調が優れないなら素直に言えばいいものを……というわけでアルヴィン、残すのならそれは私に寄越せ」

食欲をそそる匂いに誘われて、早々と二杯目を平らげたミラが大仰に胸を張ってスプーンでアルヴィンの皿を指した。

「や、別にそれは構わんけどな……いくら何でも食いすぎだろ」

「ジュードの作るマーボーカレーならいくらでも入るさ!」

「そういって貰えると作り甲斐あるよ。ありがとう、ミラ」

照れを含んだはにかみ笑いのジュードに、ミラは幾度も頷いてずいぶんと機嫌がよさそうだ。
エリーゼの膝の上でおとなしくしていたティポが、しみじみとジュードはいいお嫁さんになれるねぇ、なんて言い出すからまた話が広がっていく。
ティポの言葉に頷いて同意しながら、小さな口いっぱいにマーボーカレーを頬張るエリーゼ。
女の子の私よりよっぽど料理うまいんだから、なんだかずるい。とレイア。
将来ジュードさんと一緒になる方は本当に幸せものですね。とローエン。
いやいや、ここまで非の打ち所がないと嫁になる方が苦労するだろう。とミラ。
からかっているのではなく、皆が皆そう思っている事だったが、謙虚な少年は困っているのか単に照れているのか判断に困る曖昧な反応で口をもごもごさせている。
だんだんと話が逸れてきたのにアルヴィンがホッとしたのもつかの間、ジュードがこちらをじぃ、と見つめているのに気づく。

「……さっきちょっと外で一杯引っ掛けて腹に溜まってるだけだから、気になさんなよ」

猫みたいな目で、無言で見つめてこないで欲しい。
嘘だろうと真実だろうと、そんなに真っ直ぐ見られたら何も無いのに謝りたくなる。

「嘘、だってお酒の匂い全然しないよ」

隣の席でもともとさしたる距離もなかったのに、ジュードがさらに身を乗り出すものだから。
鼻先が触れそうな距離。
ジュードは単に呼気を確認しようとしただけだ。
分かっていても、手のひらに汗が滲んだ。
すん、と小さく鼻を鳴らす仕草に頭がくらくらする。

「アルヴィンまた嘘ついたー」

「嘘、だめです…」

不自然なくらいの近距離を気にしていないのは、きっと本人とティポとエリーゼくらいのものだろう。
責めるような二人の声も今は耳に入ってこない。
何か言われるより、むしろ無言の、重苦しい空気の方が辛い。
最初の、食器の音に反応しての物とはまるで違う、突き刺さるような視線に首の裏がちくちくと痛んだ。

「ゆーとーせー、……顔が近い」

まだまだ幼さの抜けきらない、甘さを残した少年の横顔が真隣にある。

「何言ってるの、いっつも自分のが顔近い癖に」

戦闘後のたわいない絡みについてだろうが、今この場で、このシュチュエーションでそれを言われると勘違いされそうだ。

「いつもよりちょっとだけど、顔赤いし…風邪かな?診てもいい?」

グローブをとった、小さいけれど皮の厚いジュードの手が手首に触れた。
脈はとるまでもなく、平常より早いことだろう。
直に触れる、自分とは違う体温に狼狽する。
あからさまに肩が跳ねて、重なった手を払ってしまった。

「や、いい」

がたん、
そんなに勢いをつけた覚えも無いのに、立ち上がった際に椅子が倒れた。

「…あー、その何だ。確かに風邪っぽいな、だるいし。移すと悪いから俺先に部屋戻ってるわ」

逃げるように背を向けて、振り返りもしない。

「アルヴィン」

実際、アルヴィンは逃げたのだが、そのことを一々言葉にする者もいない。
最初はごまかす気満々だった癖に、急に態度を変えたアルヴィンを心配してジュードが呼びかけても歩みは止まらなかった。
大きな影がふらふらと扉の向こうに消えていくのを全員が見送って、ドアの閉まる音だけが残った。

数拍の沈黙の後、ジュード以外は何事も無かったかのように食事を再開する。
知らぬ間にミラはアルヴィンの皿を奪っていたし、黙々と皿と口の間でスプーンを往きかわせていたエリーゼは食事を終えていた。

「急にどうしたんだろ、アルヴィン。…ただの風邪ならいいんだけど」

そんなジュードの疑問に、誰も答えようとはしなかった。
口元の汚れをナプキンで拭ったエリーゼが、小さな声でごちそうさま、と告げた。
同じようにティポが倣う。
それにしても、と続けて

「私、アルヴィンの具合が悪いだなんてちっとも気づきませんでした。ジュードはどうして分かったんです?」

人形のように愛らしく首を傾けるエリーゼに、なんでもないようにジュードは答えを返した。




「だって、よく見てるから。分かるよ」



アルヴィンは、食器が割れるような音を扉の向こうで聞いたとか、聞かないとか。
熱っぽいのは、風邪のせいか、それとも。